こんばんは。火花の学者、おじょーです。
最近のドラフトって、カードアドバンテージの重要性が増してる気がする。気づいてなかったのは私だけでしょうか。
今まで私は敬虔なアグロ信者として生きてきました。「アドバンテージよりも速度」「ドローソースを入れるな」先人たちの教えを忠実に守り、それでうまくいくことも多かったんです。
今まで6年以上、ドラフト攻略の動画や記事を書いてきました。しかし最近になって、「ドローソースは入れない。除去は最低限、強化スペルを多めに」という教えだけでは、どうしても説明がつかない事態に直面しているんです。


特に『霊気走破』の《危険な近道》や、『ストリクスヘイヴンの秘密』の《才気の代償》。「これは実質2点火力だから」「これは強化スペルだから」と神様に言い訳しながら使ってきましたが、もう限界です。こいつらはどう見ても「ドローソース」です。本当にありがとうございました。
そこで私は、長年信じてきた「聖書」を疑うことにしました。「本当に、アグロにドローソースを入れてはいけないのか?」
なぜ「ドロー厳禁」だったのか
なぜアグロにドローソースは厳禁と言われてきたのか。この教えは、昔は正しかった。実はこれ、アグロが「致命的なテンポ損」で自滅するのを防ぐための安全装置だったんです。

伝統的なアグロにおいて、装備品は欠かせない相棒でした。軽量クリーチャーが相手の壁を乗り越えるための突破口。しかし、装備品は「設置して装備する」だけで1ターンを消費しがちです。いわば、打点に変換するための「1手パス」ですね。

では、ここにドローソースを入れるとどうなるか。ドローソースもまた、3~4マナを支払って手札を増やす「1手パス」です。つまり、装備で1ターン、ドローでまた1ターン。アグロなのに2ターンも盤面展開を止めてしまったら……結果は見えていますよね。機能不全です。
だから先人たちは、アグロにドローソースを入れるな、と教えてきたのでしょう。これが、私がたどり着いた「ドロー厳禁」の真実でした。
装備品の進化が「スロット」を解放した
では、なぜ今その教えが通用しなくなったのか。それはカードの多機能化によって、アグロを縛っていた制約が消えたからです。



かつて《万能ナイフ》が登場したとき、装備コストの軽さに革命を感じました。でも、今の環境はもっと凄い。『ファイレクシア:完全なる統一』の「ミラディンのために!」や、『MTG×FF』の「ジョブ選択」装備品。彼らは最初からマナコスト相応のボディを持って現れます。
もはや、装備品のために専用のスロットを用意する必要すらなくなりました。装備品がクリーチャー枠に吸収され、デッキに「空きスペース」が生まれたんです。
その空いたスロットに、何を入れるべきか。それこそが、これまで禁忌とされていたドローソースだったというわけです。
「殴るコントロール」という至上命題
私が「常識が変わった」と確信したのは、『ストリクスヘイヴンの秘密』で《才気の代償》を手に取った瞬間でした。

この環境では、伝統的なアグロもコントロールも居場所を失っていました。やっていることは全色どれも同じ。「殴りながらリソースを補充する」――もっと言えば「殴るコントロールデッキ」です。
序盤にクリーチャーを展開し、除去で道をこじ開ける。ドローで次の除去と後続を引き当てる。このサイクルをいかに効率よく回せるかが、ドラフトの至上命題になりました。かつての「アグロかコントロールか」という二択は、もはや過去の話。今はどの色を使っても、この「殴るコントロール」を組めるかどうかが勝敗を分けている気がします。
新時代のデッキ構成
今の私が、初心者にデッキの組み方を教えるなら、こう言います。「色は何でもいい。でも、このスロット配分だけは死守してほしい」と。
私が6年かけてようやくたどり着いた、新時代のテンプレートです。
| カードの種類 | 小分類 | 枚数 |
|---|---|---|
| クリーチャー | 15 | |
| 2マナ | 6 | |
| 3マナ | 5 | |
| 4マナ以上 | 4 | |
| 呪文 | 8 | |
| 除去・バットリ | 6 | |
| ドロー | 2 | |
| 土地 | 17 |
かつての私なら、このドローソース枠をクリーチャーに変えろと言っていたでしょう。でも今は違います。この「2枚」のドローソースこそが、デッキという車をゴールまで走らせ続けるためのガソリンだと確信しています。
この時代の変化、皆さんはお気づきでしたか?教えを盲信して、一人だけガス欠で立ち往生していたのは私だけだったのかもしれません。遅れちゃったけど、私もようやく、皆さんと同じレース場に立てた気がします。
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